一人時間

30代後半女。日々思うこと/ 毒親育ちの子育て/等。お暇な時に読んでいただけると嬉しいです。

⑦急がない子供にイライラ 子供の時間感覚について

どうもこんにちは

見に来てくださってありがとう

 

私は自分で自分を「子供の気持ちをなかなかによくわかっている親」だと思っていたのだが、ここ最近、そうでもなかったと考えを改めざるを得ない日々が続いている。

 

 

子供の気持ち

「子供の気持ちがわかる」などど大それたことをのたもうてみたものの、私がわかったつもりでいたのは、残念ながらわが子の気持ちではない。

私が産んだとはいえ我が子と私は別人格の他人なので、娘の気持ちを、常に芯から理解することはほとんどできていないように思う。笑いのツボも謎である。「昨日お友達がね、マスクしたまま寝ちゃったんだって!それでね、朝起きたら!マスクが、びよーーーーーんだって!爆笑!!」…どのへんが爆笑なのか、わかる人がいれば教えてほしい。

 

わが子の爆笑ポイントもいまいちピンとこない私が、一体どこの子供の気持ちをわかった気になっていたのか、それは「子供の頃の自分自身の気持ち」である。当たり前だコノヤローと思われること必至だが、私は自分が「子供の頃に感じた気持ちをよく覚えている」という変なところに自信がある。覚えているというより、忘れてたまるかと思っているのかもしれない。実際のところどうなのかは知らないが、子供のころ親との間で愛着形成が上手くいかないまま、現在まで来てしまったと思われる私には、自分の中に、満たされないままの、幼い私を心に抱えて、外見は大人として過ごしているような感覚がある。(でもそれはただの思い込みで、単に大人になってADHDに気が付いただけ、という可能性も捨てきれないのが悲しいところ。)そのせいで生きにくいこともしばしばあるが、育児に関しては、内なる幼い私の声を、娘との関係構築にうまく生かしていける、といい方に考えてきた。親との関係の中で感じた、悔しい気持ちや、悲しかった気持ち、自分の気持ちを無視されて恥ずかしくて嫌だった気持ちなどを参考に、娘への接し方を考えることも多い。

 

しかしそんな私にも、どうしても思い出せないことがある。

 

それは子供の持つ時間感覚である。

 

 

アダルトチルドレン話にもちょこっと触れています

piija.hatenablog.com

 

 

 

「早くして」

娘はとにかく急がない。とくに朝。もうすぐ家を出る時間だ、というのに、着替えも、朝ごはんも全く終わっていない状態で、音楽をかけ、踊りを踊りだす。ほかにも、絵を書き出したり、絵本を読み出したりとパターンは様々。さらに驚くべきことに、家を出る時間が「過ぎていても」それが繰り広げられる。そして夜。娘は2歳半から昼寝を拒否し始めたので、6歳までの総睡眠時間は、心身の健やかな成長に必要な睡眠時間に到底足りていないだろう。よって私としては、毎日最低でも10時間の睡眠は「絶対に」確保してほしいところなのだが、そんなことご本人にとっては知ったこっちゃないのだ。寝てほしい時刻が近づこうが過ぎようが、もちろん急ぐことはない。むしろ毎日まだ寝たくないとごねている。

 

一方私はというと、毎朝毎晩、それらを逐一全部急かしているわけで、そうなると、私から発せられる言葉はすべて「早くして!」になる。これは会話では無いよねェ~と思っていたら、昨晩、私は窮地に追い詰められた。

 

娘が寝る前のこと。既に就寝目標時間はとっくにすぎていたため、いつもの通り、さあ寝よう、早く寝よう、早くして!歯磨こっか!絵本はどれ?寝る部屋に持って行くものは何?早く2階上がろう!とにかく早く寝よう!!とやっていると、私の目の前で階段をのぼっていた娘に、振り向きざまに言われてしまった。

 

「わたしね、早くしてって言われたくないねん。早くしてって言われると、よけいに早くできひんねん。」

 

「ほんならいわれる前にさっさと動かんかい!!!!!!」と喉まで出かかったが飲み込んだ。私は穏やかな母でいたいのだ。私だって「早くして」と、言わなくていいなら言いたくない。でも現状は、言いたくないと思いながら「早くして」と言いまくっている。言っているということは、最近流行りのアドラー心理学的には「言いたいから言っている」ということになるんだろう。

言い訳として「でも怒ってはないやろ」というのがあるが、怒りたくないというのはこちらの希望であって、娘の方はもう「早くして」を普通に言われるだけでも嫌なのである。「(母が) やいやい言わないでも (娘が)さっさと動く」これが2人にとって目指すべきWinWinの状態である。非現実的な理想としか思えないが…きっと目指すべき場所なのだろう。

 

今も昔も

偉そうに毎日娘を急かす日々だが、では昔の自分はどうだったかと言うと、同じ、もしくはそれ以下だったように思う。残念ながら6歳の頃の朝の支度の記憶はもうないが、学生時代は、朝でも昼でもいつも時間ギリギリ、むしろ遅れて家を出ていたし、友達との待ち合わせ等は毎日遅刻していた。ならばちょうどよい、いつものようにそのころの自分の気持ちを思い出し、子供がさっさと動けない原因を探り出して、それを取り除けばよいだけだ。

 

ところが困ったことに、今の私には、毎日遅刻していた頃の気持ちなど、もうどうにも思い出せないのである。時間に間に合ったことのなかった私も、社会に出て、遅刻をしている場合ではなくなった。新卒で就職し一人暮らしを始めたら、家はぐちゃぐちゃ、洗い物も洗濯物もたまりにたまって、ボロボロの生活だったが、それでも出勤時間に遅れるということだけはなかった。そこに自分のクビがかかっていたからだ。だからきっと娘も、大きくなるにつれて、時間を見ながら動いて、家を出る時間に遅れることもなくなるだろう。小さな子供にはまだ正確な時間感覚が身についておらず、大人のように早く動けないことはわかっているので、親である私は、本来ならば、ゆっくり動く娘を優しい目で見守り、早く動けるよう励まし、踊りだしたら優しくたしなめ、毎日少しずつできるようになるまで手助けし、良い状態へと導くのが理想であること、そしてそれが回り道のように思えて実は一番の近道なのだということもわかっている。

しかし困っているのは「今」なのだ。なぜなら、娘がさっさと動いてくれないと、私が遅刻するのである。時間が迫っても(過ぎても)急がない気持ちを、あまりにも思い出せないので、ある時娘に尋ねてみた。「おかあさんも子供の頃、朝お友達との待ち合わせに、間に合ったことがなかった。いつもいつも遅れていた。でももう、その時、なんで急がなかったのか、なんで毎日平気で遅れていたのかが、どーーーしても思い出せない。だから教えてほしい。もう時間が過ぎているのに、なんで急いで用意しようとしないのかなぁあ?」

 

1回やらせてみた

娘の返事は「わたしにもわからん。」だった。どうすれば娘は急かされなくてもさっさと動くのだろう。困り果てた私は、娘自身が困れば、身に染みてわかるに違いない。そして次から急ぐようになるだろうと考えた。1回声かけをやめて放っておいてみよう。しかし本当に遅刻する時間まで放っておいたら私がパートに遅刻してしまうので、ある日、以下のように伝え、様子を見ることにした。

 

「30分になったら家を出るから、それまでお母さんは、早くして!って言わないでおくね。そのかわり、自分で時計をみて、間に合うように行く用意をしてごらん。30分になったら、用意が終わっていなくてもお母さんは行くからね。しないといけない用意はこれとこれとこれだね。じゃぁ頑張ってみてね!」

 

30分になって様子を見ると、娘は用意をひとつもせずにぽかーんとテレビを見ていた。もちろん想定内である。時間になったことを知らせると、慌てて「待ってよ~」と言い用意を始めたので「30分になったらと行くと言ったからお母さんは本当に行くね」と穏やかに告げた。娘は泣きながら「ごめんなさい」といい、慌てて、私が靴を履いているところに追い付いてきた。もちろん用意は満足にできていない。「お母さんにごめんを言う必要はないよ、時計を見て動かないと困るのは自分だからね。明日は頑張ろうね」等、声をかけ、用意を整え一緒に家を出た。(そんなやり方では甘いと思われるかもしれないが、私の遅刻もかかっているのでこれが限界だった。)

 

 

次の日、今日はどうするかな~??と思って娘を見ていたら、全く支度が出来ていない状態で、絵をかきはじめた。

 

 

すぐ忘れる

遠い昔、中学1年のある日、数学の宿題をしていかなかった私は、クラス全員の前で(着席したまま)先生に両方の耳を何十秒間か引っ張り上げられるという罰を受けたことがあった。あまりの痛みに皆の前で泣いた事を覚えている。思春期の私にとっては、痛いわ恥ずかしいわの強烈な体験だったわけだが、ではその後、私が学校の宿題を必ずするようになったかというと、そうではなかった。

私は、娘が一度幼稚園に遅刻するなどの痛い目に合わないと、朝の支度を自分から急ぐようにはならない、裏を返せば、痛い目を見れば急ぐようになる、と考えたのだが、間違っていた。20年前の私だって、文字通り痛い目にあっても宿題をしなかったのである。子供は、怒られたって、恥ずかしかったってすぐに忘れてしまう。すぐに忘れてケロリとできるところが、子供の良いところであり、人間の持っている強さでもある。

 

 

心が動けば

娘は感覚に少し敏感ところがある。匂いと音、肌触りに快・不快を感じることが多いようだ。赤ちゃんの頃から肌の保湿を嫌がったため、お風呂上がりのケアはほとんどしてこなかった。もうすぐ7歳になる今も化粧水やクリームの、においや感触が気持ち悪い!とスキンケアを嫌がる。スキンケアをしなかった場合の将来的なデメリットを何度伝えても、かたくなに拒む。

先日娘と2人でキッザニアに初めて行ってきたのだが、そこで娘が体験したお仕事の中に、ハンドクリーム作りというのがあった。親はガラス張りのブースの外から見ていたため、どんな説明を受けているのか全く聞こえなかったのだが、娘は白衣を着て、とても楽しそうにハンドクリームを作っていた。

キッザニアから帰った翌日、いつもスキンケアを嫌がる娘が、キッザニアでもらってきたハンドクリーム(市販品)をにわかに取り出し、手や、顔にまで塗りだした!「あのね、バリア機能って知ってる?手洗うと、菌もなくなるけど、うるおいもなくなるんだって。これを塗ると、お肌のお水が増えるんだよ。」とのこと。私は本当にびっくりした。あんなに、何年にもわたって、再三言ってきたのにやろうとしなかったスキンケアを、この子が自ら進んでやるなんて!

 

本当に心が動けば、娘は嫌なことでも進んでできるということに私は気が付いた。何も体験しない親の分の、キッザニアの高い入場料の元が取れた気分だった。しかし同時に、私からの日常の声掛けでは、娘の心は動いていなかったということにも気付かされた。

 

それでも、今後も親の仕事として、根気よく、やるべきことをやらなかった場合に子供自身が被る不利益を説明し、やった場合どんなにいいことがあるか、また親にとってどれほどありがたいかを伝えるというのを、一生懸命やっていくのは変わりない。私の希望としては、きちんと説明したら、あとは子供の判断に任せる育児をしたいと、ずっと思っていた。しかしこの度の遅刻のように、娘が動いてくれないと、結局自分の仕事に影響が出るという場合が多く、これまでは娘の判断を尊重することはできなかった。しかし、娘が一年生になるのを機にいったんパートを辞めるつもりなので、初めて自分の仕事のことを意識せずに、娘と一緒に過ごすことができる。この機会に、娘への接し方を見直し、信頼関係を強化して、急かさずとも動いてくれるような小学生になってもらえたらと思う。夢物語だろうなとは思うが。

とりあえず、私から娘への声のかけ方を「聞こうと思える」ものにしていこうと思う。

 

 

押していただけると励みになります

 

ランキングに参加しています

ぽちっとよろしくお願いします

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村